僕の彼女の話

 急に降り出した冷たい春の雨の中を走り抜け、最悪の気分で帰宅すると今朝確かに施錠したはずの扉は開け放たれており、更に玄関先で人が倒れていた。フローリングは水浸しになっており、さながらよく刑事ドラマで目にする血の海に横たわる死体のようだ。
 しかし僕は大したリアクションもなく駅で買った傘を広げて足元に置き、その俯せた身体を跨いで洗面所に行く。上着をハンガーに掛けてからバスタオルを引っ掴むと、玄関へ取って返した。

 死体もとい倒れている人の肩を抱えて上を向かせる。血の気のない真っ白な造形は間違いなく僕の恋人の顔をしていた。
 ほどよい弾力のある頬を突いてみると少し遅れて眉根が寄せられ、ゆっくりと瞼が開き密度のある睫毛に縁取られた大きな瞳が僕を見つめてくる。頭からバスタオルを被せて長い長い髪を丁寧に拭いてやっている間、彼女は身じろぎひとつしなかった。
 いや、かすかに震えている。
 風邪でも引いたろうか、と案じかけた時、薄い唇から蚊の鳴くような声がした。
「銀河軍がね」
「なに?」
「銀河軍がね、攻めてきたの」
「うん」
「私のパワーを狙ってここまで来たらしいの。このパワーは使う者によっては宇宙全体を破壊してしまうから」
「で、その銀河軍は?」
「なんとかやっつけた」
「そっか、怪我はない?」
「うん」
 ふと彼女が僕の肩口に顔を埋める。濡れた髪から漂う甘い匂いが鼻をかすめた。
「でも、怖かった」
「銀河軍が?」
「もしやられちゃったりしたら、もう沢島くんに会えなくなるでしょ」
「……」

 思わず言葉に詰まる。反応のない僕を恐る恐る見上げてくる彼女が、とても可愛らしかった。

「とりあえず、家に入ったらドアは閉めてね」
「うん」
 素直に頷いた彼女の頭を撫でる。
 ほわんとした顔で猫語を話し始める彼女を放置して、僕は彼女と飲むホットミルクを作るためにキッチンへ向かった。